備前焼 販売川口陶楽苑は備前焼 有名作家の個性溢れる作品を一堂に展示しています。

 取扱作家
 
■ 備前焼の人間国宝
敬称略
金重陶陽(かねしげ・とうよう) (本名・金重勇) 
1896(明治29)年~1967(昭和42)年、備前市伊部生まれ

1896 明治29年     岡山県備前市の備前焼窯元六姓の一つ、金重家の長男に生れる。
               父・媒陽は鳥や動物類の細工物を得意とするやきもの師。
1910 明治43年 14歳 伊部尋常高等小学校高等科を卒業。
               父に就き、江戸時代に発達した花鳥。 鳥獣等の細工物の技法を学ぶ。
1918 大正 7年 22歳 彩色備前を作り始める。 この頃より「陶陽」の号を用いる。 この頃、大本教に入信。
1922 大正11年 26歳 備前で初めて宝瓶を制作、伊部中に流行をもたらす。
1925 大正14年 29歳 三村陶景、西村春湖とともに備前の三名工として知られる。
1928 昭和 3年 32歳 岡山県の表千家に入門して茶を習い始める。
1932 昭和 7年 36歳 本格的に轆轤による制作を始める。 古備前の茶器の復興に励む。
1936 昭和11
年 40歳 唐津行き途中の川喜田半泥子が来訪し、これを機に交遊が始まる。
               以来度々、互いに来訪し制作する。
1942 昭和17年 46歳 川喜田半泥子を中心に「からひね会」を結成。
               荒川豊蔵が来訪し、制作する。 以来幾度が、互いに来訪し制作する。
               備前焼の技術保存資格者(丸技)に指定される。
1949 昭和24年 53歳  「備前窯芸会」を結成。

1951 昭和26年 55歳 大本教(京都府亀岡)が花明山窯を創設。その指導に赴き制作する。
1952 昭和27年 56歳  「備前焼」の無形文化財記録保持者に指定される。
               イサム・ノグチが北大路魯山人とともに来訪し、制作する。

               北大路魯山人に頼まれ北鎌倉に備前焼窯を築く。1ヶ月半滞在し制作する。
               荒川豊蔵、石黒宗麿、加藤唐九郎、宇野三吾らと「日本工芸会」の設立を協議する。
1953 昭和28年 57歳 加藤土師萌が来訪し制作する。
               伊部に来訪したバーナード・リーチを囲み、石井不老、三村陶景、山本陶秀らと

               会談する。
1954 昭和29年 58歳  「桃李会」を結成。
               岡山県無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
               佐賀県唐津の十二代中里太郎右衛門(のちの中里無庵)の窯を訪ね、制作する。
1956 昭和31年 60歳 重要無形文化財「備前焼」の保持者に認定される。
1957 昭和32年 61歳 石黒宗麿が来訪。欧米旅行をする。
1959 昭和34年 63歳 中国文化賞を受賞。
1960 昭和35年 64歳 山陽新聞文化賞を受賞。 岡山県文化賞を受賞。
1961 昭和36年 65歳  「柏会」を結成。
               富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチが来訪。
1962 昭和37年 66歳  「日本工芸会」の理事に就任。
1964 昭和39年 68歳 ハワイ大学夏期大学講師として招かれる。
               加藤土師萌が来訪し、製作する。
1966 昭和41年 70歳 紫綬褒章を受章。 「陶裳会」を結成。
1967 
昭和42年 71歳 死去。 勲四等旭日小綬章を受章。
1968 昭和43年     金重陶陽賞が設立される。


藤原 啓(ふじわら・けい) (本名・藤原敬ニ) 
1899(明治32)年~1983(昭和58)年、備前市穂浪生まれ
1899 明治32年     岡山県備前市に生まれる。本名は啓二。
1919 大正 8年 20歳 上京。博文館編集部に勤務。
1922 大正11年 23歳 詩集『夕の哀しみ』を出版。
               川端洋画研究所にてデッサンを学ぶ。
1937 昭和12年 38歳 岡山県に帰郷。
1938 昭和13年 39歳 陶工・三村梅景より轆轤成形等の指導を受ける。
               備前市穂波に窯を築く。
1941 昭和16年 42歳 金重陶陽と親交を深め、指導を受ける。
1948 昭和23年 49歳 備前焼の技術保存資格者(丸技)に指定される。
               作陶一筋の決意を固める。
1956 昭和31年 57歳 第三回日本伝統工芸展に出品。
                「日本工芸会」の正会員となる。
1957 昭和32年 58歳 岡山県無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
1958 昭和33年 59歳  「日本工芸会」の理事に就任。
1962 昭和37年 63歳 第三回プラハ国際陶芸展にて金賞を受賞。
1963 昭和38年 64歳 山陽新聞社より山陽文化賞を受賞。
               岡山県文化賞を受賞。
               中国新聞社より中国文化賞を受賞。
1970 昭和45年 71歳 重要無形文化財「備前焼」の保持者に認定される。
1971 昭和46年 72歳 勲四等旭日小綬章を受章。
1976 昭和51年 77歳 備前市初の名誉市民となる。
               山陽新聞画廊にて「唐津茶碗 荒川豊蔵・小山富士夫・ 藤原啓合作展」を開催。
1977 昭和52年 78歳 藤原啓記念館(旧藤原啓宅跡)完成。
1981 昭和56年 82歳 岡山県初の名誉県民となる。
1982 昭和57年 83歳 藤原啓記念賞を設立。隔年に優れた制作活動を示した陶芸家一人に贈る。
1983 昭和58年 84歳 死去。勲三等端宝章を受章

山本 陶秀(やまもと・とうしゅう) (本名・山本政雄) 
1906(明治39)年~1994(平成6)年、備前市伊部生まれ
1926 明治39年     岡山県備前市に生まれる。本名は政雄。
1921 大正10年 15歳 備前市伊部の窯元・黄薇堂に見習いとして入る。
1923 大正12年 17歳 窯元・桃渓堂に移り、轆轤成形、細工物の技術を習得する。
1933 昭和 8年 27歳 独立し備前市伊部に窯を築く。「陶秀」と号する。
1938 昭和13年 32歳 京都の楠部禰弌を訪れ修業、その後も指導を受ける。
1948 昭和23年 42歳 備前焼の技術保存資格者(丸技)に指定される。
1952 昭和27年 46歳 伊部を訪れたイサム・ノグチと北大路魯山人らと交遊する。
1955 昭和30年 49歳 第二回日本伝統工芸展に初入選。
1959 昭和34年 53歳 岡山県無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
                「日本工芸会」の正会員となる。
               ブリュッセル万国博覧会にてグランプリを受賞。
1968 昭和43年 62歳 三回目の外遊で東南アジアを視察。
               その後欧州、アメリカ各地を巡る世界一周を果たす。
1970 昭和45年 64歳  「日本工芸会」の理事に就任。
1972 昭和47年 66歳 岡山県文化賞を受賞。
1975 昭和50年 69歳 山陽新聞賞を受賞。
               三木記念文化賞を受賞。
1976 昭和51年 70歳 備前市功労章を受章。
               紫綬褒章を受章。
               中国新聞社より中国文化賞を受賞。
1977 昭和52年 71歳 毎日芸術賞を受賞。
1981 昭和56年 75歳 紺綬褒章を受章。
1982 昭和57年 76歳 勲四等端宝章を受章。
1987 昭和62年 81歳 重要無形文化財「備前焼」の保持者に認定される。
1991 平成 3年 85歳 備前市名誉市民となる。
1994 平成 6年 88歳 死去。

藤原 雄(ふじわら・ゆう) (本名は同じ)
1932(昭和7)年~2001(平成13)年、備前市穂浪生まれ
1932 昭和 7年     岡山県備前市に藤原啓の長男として生まれる。
1955 昭和30年 23歳 明治大学文学部を卒業。
               父・藤原啓のもとで備前焼の製陶技法を学ぶ。
1958 昭和33年 26歳 第5回日本伝統工芸展に初入選。
1961 昭和36年 29歳  「日本工芸会」の正会員となる。
1963 昭和38年 31歳 バルセロナ国際陶芸展にてグランプリを受賞。
1964 昭和39年 32歳 アメリカ、カナダ、スペイン等の大学で講義をする。
               以後も海外各地にて備前焼の講義をもつ。
1967 昭和42年 35歳 日本陶磁協会賞を受賞。
1973 昭和48年 41歳 金重陶陽賞を受賞。
               豪州政府の招聘によりシドニー大学にて備前焼の講座をもつ。
1975 昭和50年 43歳 岡山県文化奨励賞を受賞。
1980 昭和55年 48歳 岡山県重要無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
1984 昭和59年 52歳 山陽新聞文化賞を受賞。
1985 昭和60年 53歳 岡山県文化賞を受賞。
               紺綬褒章を受章。
1986 昭和61年 54歳 岡山日日新聞芸術文化功労賞を受賞。
               中国新聞社より中国文化賞を受賞。
1988 昭和63年 56歳  「日本工芸会」の理事に就任。
1990 平成 2年 58歳 平成元年度芸術選奨文部大臣賞を受賞。
1996 平成 8年 64歳 重要無形文化財「備前焼」の保持者に認定される。
                「日本工芸会」の参与に就任。
1997 平成 9年 65歳 明治大学特別功労賞を受賞。
                「備前焼陶友会」の名誉会員に就任。
               三木記念賞を受賞。
2001 平成13年 69歳 死去。

伊勢崎 淳(いせざき・じゅん) (本名・伊勢崎惇)
1936(昭和11)年~、 備前市伊部生まれ

1936 昭和11年     岡山県備前市に伊勢崎陽山の二男として生まれる。本名は惇。
1959 昭和34年 23歳 岡山大学特設美術科を卒業。
               父について兄とともに作陶生活に入る。 伊勢崎淳を名のる。
1962 昭和37年 26歳 兄とともに半地上式穴窯を築窯、初窯を出す。
1963 昭和38年 27歳 穴窯焼成の作品展を東京と大阪で、兄とともに開催。
               岡山大学学生会館に陶壁を制作。
1964 昭和39年 28歳 東京で、はじめての個展。  
               岡山市役所の外壁タイル制作に参加。
1966 昭和41年 30歳  「日本工芸会」の正会員となる。
1973 昭和48年 37歳 東京の岡崎和郎宅で池田満寿夫を紹介され、晩年まで交友が続く。
1974 昭和49年 38歳 備前市役所に陶壁制作。
1978 昭和53年 42歳 岡山大学教育学部美術家の講師となり、9年間続ける。
1980 昭和55年 44歳 イサム・ノグチと和泉政敏が来訪。
1981 昭和56年 45歳 金重陶陽賞を受賞。
1987 昭和62年 51歳 田部美術館「茶の湯の造形展」で優秀賞を受賞。
1993 平成 5
年 57歳 岡山県文化奨励賞を受賞。
1996 平成 8年 60歳 山陽新聞文化功労賞を受賞。
1997 平成 9年 61歳 フランス国立陶磁器美術館で開催された「備前焼千年の伝統美展」
               に現代を代表する作家の一人として出品。
1998 平成10年 62歳 日本工芸会理事、日本工芸会中国支部幹事長となる。
               岡山県重要無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
2002 平成14年 66歳 新首相官邸に陶壁制作。
2003 平成15年 67歳 岡山大学創立創立50周年記念館の陶壁を制作。
2004 平成16年 68歳 重要無形文化財「備前焼」の保持者に認定される。
               三木記念賞を受賞。
2005 平成17年 69歳 岡山県文化賞を受賞。

2006 平成18年 70歳 「人間国宝展」出品 NHK各地巡回。

               アメリカボストンにて一門展。

               山陽新聞社新社屋玄関ホールに陶壁を制作。

2007 平成19年 71歳 イギリス大英博物館 「わざの美 伝統工芸の50年展」 に出品。

 
■ 岡山県重要無形文化財保持者

※50音順に紹介、敬称略


各見 政峯(かくみ・せいほう) (本名・各見政美)  1921(大正10)年、備前市伊部生まれ
  • 受賞歴・・・金重陶陽賞、山陽新聞賞、文部大臣奨励賞、勲5等瑞宝賞、岡山文化賞など多数/県展審査会員 
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会 

松井 與之(まつい・ともゆき) (本名は同じ)  1931(昭和6)年、熊本県荒尾市生まれ
  • 受賞歴・・・金重陶陽賞、岡山県文化賞・同文化奨励賞、山陽新聞賞など多数/県展審査員
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会、備前陶心会(名誉会員)

森 陶岳(もり・とうがく) (本名・森才藏) 1937(昭和12)年、備前市伊部生まれ
  • 受賞歴・・・日本陶磁協会賞、同金賞、山陽新聞賞、岡山日日新聞芸術文化功労賞など多数/県展審査員
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会

山本 雄一(やまもと・ゆういち) (本名は同じ) 1935(昭和10)年、備前市伊部生まれ
  • 受賞歴・・・金重陶陽賞、岡山県文化奨励賞、山陽新聞賞、紺綬褒章、岡山日日新聞芸術文化功労章、茶の湯の造形展大賞など多数/県展審査員
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会、備芸会、玄画会、薫風会

吉本 正(よしもと・ただし) (本名・吉本正志) 1943(昭和18)年、備前市閑谷生まれ
  • 受賞歴・・・金重陶陽賞、岡山県文化奨励賞、山陽新聞文化功労賞、焼き締め陶公募展準大賞、中日国際陶芸展入賞、朝日陶芸展入選、日本陶芸展入選など多数/岡山県美術展招待
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会、陶心会(特別会員)
金重 晃介(かねしげ・こうすけ)

人間国宝 金重 陶陽の三男として生れる。東京芸術大学彫刻科卒業。同大学院彫刻科修了。75年から作品発表を始める。東海大学講師を経て、77年帰郷。82年登り窯を築窯。

■ 著名物故作家  

                                                      ※生年順に紹介、敬称略


三村 陶景(みむら・とうけい) (1885~1956)

県重要無形文化財保持者。彩色備前や白備前も手掛け優品が多い。陶工の育成にも努める。


西村 春湖(にしむら・しゅんこ) (1886~1953)
芸術保存資格保持者。伝統的なへら技術に基づき、彫塑的な感覚と手法で細工物の名人と称される。蜃気楼香炉や多宝塔香炉など名品が多い。

初代 大饗 仁堂(おおあえ・じんどう) (1890~1954)
県重要無形文化財保持者。花鳥や人物の置物など細工物が得意。宝瓶のつまみに龍、蓮の実などを施すが、特に蛙の細工が有名で「蛙仁堂」の異名を持つ。

初代 小西 陶古(こにし・とうこ) (1899~1954)
木炭による桟切焼の考案者であり、獅子置物などの細工物に数々の名品を残す。

石井 不老(いしい・ふろう) (1899~1964)
県重要無形文化財保持者。茶陶、細工物の名工。宝瓶千個に般若心経を彫った「心経宝瓶」は十数年の労作。晩年、赤の楽茶碗に取り組み、赤焼を完成させる。

3代目 松田 華山(まつだ・かざん) (1902~1948)
ろくろが得意で、特に煎茶器に優品が多い。ドイツ式マッフル窯で朱泥や緋襷を研究。短歌に長じ、自作の歌を刻んだ茶碗、皿、徳利なども制作。

伊勢崎 陽山(いせざき・ようざん) (1902~1961)
県重要無形文化財保持者。陶彫、細工物に優れる。高杉晋作像、和気広虫像・清麻呂像など大作の陶像を制作。花器や宝瓶、香炉も秀作が多い。姑耶山中の古窯を復元。

鈴木 黄哉(すずき・おうさい) (1908~1972)
芸術保存資格保持者。獅子、虎、観音像などの置物に上作が多い。手づくり宝瓶は注ぎ口を突き出し、用の美にこだわる。薄田泣菫の詩碑の陶板を制作。

金重 素山(かねしげ・そざん) (1909~1995)

県重要無形文化財保持者。兄の金重陶陽の助手として陶陽を陰で支える。

電気窯による桃山調緋襷の再現に成功し、茶陶に数々の名品を残す。


2代目 藤原 楽山(ふじわら・らくざん) (1910~1996)
県重要無形文化財保持者。茶器、香炉を得意とし、青備前の第一人者として名を馳せる。

2代目 藤田 龍峰(ふじた・りゅうほう) (1913~1973)
県重要無形文化財保持者。ろくろ技に優れ花器などに秀作が多く、磨きの作品も作る。

中村 六郎(なかむら・ろくろう) (1914~2004)
伝統工芸士。45年金重陶陽に師事。酒器に特に力を入れ、味わい深い逸品を多く作る。

浦上 善次(うらかみ・ぜんじ) (1914~2006)

県重要無形文化財保持者。置物香炉からオブジェ風の作品まで幅広く手掛ける。


藤原 建(ふじわら・けん) (1924~1977)
県重要無形文化財保持者。茶器、酒器を得意とし、窯変や緋襷の焼成は素晴らしい。

金重 道明(かねしげ・みちあき) (1934~1995)
県重要無形文化財保持者。伝統の良さを生かしながら新しい造形的備前焼に取り組む。

伊勢崎 満(いせざき・みつる) (1934~2011) 
  • 受賞歴・・・金重陶陽賞、岡山県文化奨励賞、山陽新聞賞、岡山日日新聞芸術文化功労賞、茶の湯の造形展大賞など多数/県展招待
  • 所属団体・・・日本工芸会、備前焼陶友会、備前陶心会(名誉会員)

4代目 松田 華山(まつだ・かざん) (1936~2003

県重要無形文化財保持者。先代の技を継承しながらも、独自の研究により木目備前を開発。

正宗 杜康(まさむね・もりやす)※正宗 悟より改名 (1954~2006)

高校卒業後、陶芸センターに入所。77年、築窯独立。83年、日本工芸会正会員となる。
■ 有名作家  
                                                     ※50音順に紹介、敬称略

相賀 真志郎(あいか・しんじろう)

97年、陶芸センター卒業。寒風に穴窯を築窯し作陶に励んでいる。

安倍 安人(あべ・あんじん)

元洋画家で72年から陶芸を始める。独自の理論に基づいた研究と焼成で陶を始めとして、油彩、ブロンズ等のアートを制作する造形作家。国内外で個展を中心に活動。

池西   剛(いけにし・ごう)

各地で日本・朝鮮・中国の陶磁を学び、現在地に築窯。平成5年より個展を中心に活動。

伊勢崎 卓(いせざき・たく)

伊勢崎 満の長男として生れる。大阪芸術大学陶芸科を卒業後、父に師事。

伊勢崎 紳(いせざき・しん)

伊勢崎 満の次男として生れる。大阪芸術大学陶芸科を卒業後、父に師事。99年独立。

伊勢崎 創(いせざき・そう) 

伊勢崎 満の三男として生れる。岡山工業高校卒業。父と山下譲治に師事。01年築窯独立。

伊勢崎 競(いせざき・きょう)

伊勢崎 満の四男として生れる。高校卒業後、父と柴岡紘一に師事。99年独立。


伊勢崎 晃一朗(いせざき・こういちろう)

伊勢崎 淳の長男として生れる。大学卒業後、NYのジェフシャビロに師事。帰国後、父に師事。


浦上 光弘(うらかみ・みつひろ)

浦上 善次の三女と結婚、浦上姓を名乗る。義父に師事し、75年独立。


大森 礼二(おおもり・れいじ)

88年、愛知県窯業高等専門学校修了。加藤春鼎に師事。寒風に穴窯を築き、04年に初窯。


小川 壮一(おがわ・そういち)

筑波大学芸術専門学群総合造形コース卒業後、伊勢崎 淳に師事。02年に穴窯を築き独立。


金重 まこと(かねしげ・まこと)※まことはりっしんべんに素

金重 素山の長男として生れる。京都大学農学部卒業後、父の元で修業。79年独立。岡山、東京、大阪、独 ミュンヘン、仏 パリ等で個展を開催。


金重 元郎(かねしげ・もとお)

人間国宝 金重 陶陽の四男として生れる。三重にて粉引、伊賀等を制作。

金重 巖(かねしげ・いわお)

金重 道明の長男として生れる。金重一門の指導を受け、95年独立。作品発表を始める。


金重 剛(かねしげ・たけし)

芦屋芸術学院卒業後、アトリエ飛行船陶芸研究所を経て伊部に帰郷。作品発表を始める。


金重 潤平(かねしげ・じゅんぺい)

金重 晃介の長男として生れる。94年早稲田大学卒業後、米 ロングアイランド大学大学院彫刻科修了。帰国後、父の元で修業。


末田 恵(すえだ・めぐみ)

90年島根大学卒業。01年奥出雲陶芸研究所卒業後、安倍 安人に師事。02年築窯。


高力 芳照(たかりき・よしてる)

高校卒業後、金重 素山・有邦父子に師事。96年、築窯独立。翌年初窯を出す。


中村 真(なかむら・まこと)

中村 六郎の長男として生れる。会社勤めを辞め、71年から父に師事する。75年に独立。

原田 拾六(はらだ・しゅうろく)

大学卒業後、69年から作陶を始める。桂 又三郎の指導ので古窯跡を訪ね、古備前を研究する。91年牛窓に穴窯築窯。国内外で精力的に活動する。

藤原 和(ふじわら・かず)

藤原 雄の長男として生れる。大学を辞め、作陶の道に入る。88年独立。90年初窯。

森 一洋(もり・かずひろ)

森 陶岳の長男として生れる。京都芸術大学卒業後、東京ガラス工芸研究所を卒業。92年から父に師事。95年、初窯独立。

森 千晃(もり・ちあき)

森 陶岳の次男として生れる。83年、父に師事。96年、初窯独立。

森本 良信(もりもと・よしのぶ)

1976年岡山県に生まれる。1996年備前陶芸センターを修了。

フリーを経て、 2004年東京にて初個展。以後毎年個展開催。


山本 竜一(やまもと・りゅういち)

山本 雄一の長男として生れる。武蔵野美術大学彫刻科卒業後、同大学院彫刻コース修了。89年、祖父と父に師事。92年、独立。

和仁 栄幸(わに・えいこう)※和仁 正興より改名

67年、金重 陶陽に師事。金重 素山にも薫陶を受ける。75年、築窯。同年、初窯独立。

 

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