皆さんこんばんは!
自分用に更新、今日のその2です。
『私情を挟めば眼は曇る』
うーん、最近思ったどうしましょうかねぇこれ。
意外な盲点というか落とし穴というか、今更ながらに気づいてしまうとはバカ過ぎる。
評するという行為二於いて、やはり私情は邪魔でしかありません。
仲が良いから作品も依怙贔屓してよく見えるというのでは、人様に意見など到底出来ません。
所謂バイアスが掛かってしまうという現象ですね。
その状態で良いもんですよというとなんだか冒涜にも思えます。
その状態で良くないよと言えば公平さは欠如します。
無責任な状態での発言なんてもろにバイアスが掛かっちゃって公平さなんてありません。
しかし私情を挟まねばその人の深奥へは到達できないでしょう。
人と人の結びつきを情と言うのですから、深く濃密に時間を共有するとどうしても入り込んでくる。
でもそうやってやっと相互理解を始められて、+αの想いの円滑な伝達が始められる。
『批評と私情を交互に使用、そんな器用は出来ないでしょう』
ちょっと韻を踏んでみましたが本当に出来ないと思います。
一応これは未解決で頭の中の忘れないフォルダーに入れておきます。
まぁのんびり考えていきますよ。